二十日題目(はつかだいもく)    
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 2月20日 二十日題目が開かれました。
【2012年02月】
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 二十日題目(はつかだいもく) 由来 羽咋市太田町

毎年二月二十日の夜から翌朝にかけて太田町の住人はこぞって日吉神社に参集し、
神酒、鏡餅、赤飯、米、菓子、果物などを供えます
「二十日題目」と呼ばれ
古来から続くこの行事は妙法寺住職が神前に南無妙法蓮華経と題目を唱えて檀家が
団扇太鼓でお参りをする珍しい行事です。

起源は今から二百九十六年前の享保年間二月二十日の夜に太田に大火が起きた時
住民が同神社に集って徹夜で題目を唱えて鎮火を祈りました。

その折、お寺の仏像を日吉神社に安置して難をのがれたそうです。
そのお礼参りの行事として妙法寺住職が毎年行っています。

日吉神社は東太田にあり別当として同地の妙法寺が奉任し
明治の神仏分離で神職が同社の行事を行うように変わったと伝えられている
神社明細帳には太田町はその草分けといわれる。

谷逸忠太夫が山城国比叡山日吉神社の分霊を勧じて出来た村と記されています。

近世になって西太田が加賀藩領、東太田が土方領で入り合いの集落になりました。

同町の約八割が妙法寺の檀家でしかも住職が神前で読経するのは明治以前の
別当であった関係だろうといわれています。

翌日の二十一日には神職によって火祭りが行われ神仏分離後も
約百年間住時のならわしをそのままに伝えている珍しい神事です。

住民は老若男女を問わず題目の合間にお下がりを頂きながら
一年間の出来事や世間話に花を咲かせます。

厄年の厄除けや、交通安全、家内安全の祈祷も併せて行われます。
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